第一次世界大戦の原因が小学生でもわかる!最も死者数が多かった!

 

第一次世界大戦の原因

は一体なんだったのか?

死者数は何人だったのか?

 
第一次世界大戦の原因と死者数


 

みなさんご存じの第一次

世界大戦、知らない人も

忘れてしまった人も、二度

と繰り返さぬように今一度、

第一次世界大戦の原因や

一体、死者数は何人だっ

たのか、歴史を振り返りま

しょう。

 

第一次世界大戦は

1914年(大正3年)から

1918年(大正7年)まで

行われた戦争です。

 

第一次世界大戦の原因

 

きっかけは、1914年に

オーストリアの皇太子夫妻

がセルビア人により暗殺さ

れます。

歴史上でいうサラエボ事件

です。

 
サラエボ事件
 

オーストリアは当然、烈火のごとく

激怒し、セルビアに宣戦布告。

 

ここで、この時の世界の情勢

をみてみましょう。

 

この時、世界は

連合国
三国同盟

この2つの勢力に分かれて

いました。

 
第一次世界大戦の連合国と同盟国
 

連合国の主要国
セルビア
イギリス
フランス
ロシア帝国
イタリア

 

三国同盟
ドイツ帝国
オーストリア
(ハンガリー帝国、
オスマン帝国、
ブルガリア)

 

この時代、世界はヨーロッパ

の列強諸国がアフリカやアジア

などを植民地支配していました。

 

このような勢力争いは当然、

各国の対立を生みだします。

 

それが、上記の2大勢力な

わけです。

 

この2大勢力の間は、いつ

戦争が始まってもおかしく

ないほど緊張状態だった

のです。

 

そこでオーストリアの皇太子

夫妻の暗殺事件が起きたの

です。

 

第一次世界大戦の勃発です。

 

 
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日英同盟を結んでいた日本も

連合国側で第一次世界大戦

に途中から参戦。

※第二次世界大戦ではドイツ

と日本は同盟国である。

 

中立を守っていたアメリカも

ドイツの攻撃により沈没した

イギリスの客船で多くのアメ

リカ人が犠牲となったことを

うけ連合国側で参戦した。

 

続いて中国も連合国側として

参戦する事になる。

 
以下は実際の第一次世界大戦の

動画です。過激なシーンもござ

いますので、ご注意ください。
 

 

 

 

1918年に入ると、オスマン

帝国、オーストリアが連合国

側に降伏。

 

最終的には、1918年に

ドイツも連合国側に正式

に降伏し第一次世界大戦

が終結した。

 

この戦争によりヨーロッパ

の列強諸国が大ダメージ

を受けました。

 

その反面、あまり痛手を負わ

なかったアメリカや日本が世界

情勢の中で台頭してくるなど

歴史的に大きな変化が見られ

ました。
では次に、歴史上類をみない

悲惨に満ちた大きな戦争の1つ

である第一次世界大戦での

死者数は一体何人だったの

でしょう。

 

第一世界大戦の犠牲者

死者数:1600万人

戦傷者:2000万人

 

死者数は1600万人で

すべての犠牲者数を

統計すると3600万人

にものぼるという。

 

人類はこんなに悲惨な

戦争を経験したにもかか

わらず、この20年後に

第二次世界大戦という

戦争を引き起こす。

 

第二次世界大戦も

第一次世界大戦に

劣らない悲惨な戦争

になった事はいうま

でもありません。

 

第二次世界大戦は

日本に原爆という恐ろ

しい核兵器が落され、

なんの罪もない数多く

の民間人が犠牲となり

ました。

 

人間は本当にバカな

生き物で時が経つと

忘れてしまう。

どんなに悲惨で恐ろしい

出来事でも。

 

バカな人間が第三次

世界大戦だけは引き

起こさないように願う

ばかりです。